第8話 指先のにおい

最近の子どもたちは、泥だらけになって遊ぶことはあるのだろうか?

僕も、幼いころは泥だらけになって、膝にすり傷つくって、日が暮れるまで遊びまわっていた。昭和の頃の話である。
作業着を汚さないように、と注意しながら畑仕事をはじめても、結局のところ土がつく。
種もみも、虫もくっついてくる。
こうなるともう着ているものの汚れなどお構いなし。
あの頃のDNAが目を覚まし、土まみれになって鍬を振る。

びっしり汗をかいて、作業着を脱ぐと、作業着には汗のにおいといっしょに、土のにおいやお日様のにおいも染みこんでいる。
畑に行くと、あたりには独特の畑のにおいに包まれている。
鼻が曲がりそうなたい肥のにおいに包まれているときもあるし、果物の甘い香りが漂ってくることもある。
いろんな農作物の植えられた畝の間を歩くときに鼻をかすめる、野菜や果物の青々としたにおいは何ともすがすがしい。
光合成した新鮮な酸素が畑に充満していることも理由の一つかもしれない。

トマトを栽培するとき、「芽かき」という作業を行う。
トマトの実を大きくするために、不用な芽を取り去っていく。できれば伸びてきたばかりの新芽を指でつまんで取り除くのだが、この芽かきをしていると、指先からトマトの香りが漂ってくる。
トマトの甘みは実だけにあるのではなく、茎や芽にも備わっている。
新芽を摘んでいくたびに、指先を鼻に近づけると、指先がトマト味なのだ。

トマトだけに限らず、芽かきや間引きをしていると、その瞬間、ふわっと野菜の香りが鼻先をくすぐる。
そんな香りを嗅ぎながら、
「美味しくなってくれよ」
「大きな実をつけてくれよ」
と、それぞれの野菜の生長を見守っている。

先日、ニンニク畝の雑草取りをした。
ちいさなニンニクのかけらから芽が伸び、春になると花を咲かせる。
花が咲く前に茎を刈り取るのだが、この刈り取った茎も「ニンニクの芽」として香りやシャキシャキ感を楽しめる。
雑草を取りながらふと指先に鼻を近づけると、ほのかなニンニクのにおいが残っている。

思わずその指にむしゃぶりつきたくなる。

(2020.12.11:コラム/遠藤洋次郎)