第46話 来春に思いを馳せて…

カレンダーを見てみると、今年も残すところあと3ヶ月。

店先にはハロウィングッズが並び、それが終わればクリスマス、お正月と、商品の入れ替えが忙しい。夏が終われば秋冬の準備。秋が終わればもう来年のことの準備に取りかからなくてはならない。

書店や文具店に行くと来年のカレンダーや手帳が積まれている。

私は1月スタートの、やや大き目なビジネス手帳を毎年買って使っている。営業マンの頃から慣れ親しんでいるサイズの手帳で、企画の締め切り日や訪問先の時間などを記していたけれども、最近の用途は主に農作業の記録。

『今週は○○の種をまく』『肥料を購入する』などの備忘録として使っている。

営業マンの頃と比べれば、予定はスッカスカなので、大きなサイズの手帳である必要はないのかもしれないけれども、大きい手帳を持ち歩いていると、自分がなんだか“できる人”に思えてくるのだ。

毎年「早く手帳を買わなきゃなぁ」と思いながらモタモタしている間に年を越えてしまっているのだが、今年は違う。手元に来年の手帳を準備している。

これまでの農作業は『雰囲気農業』だった。

なんとなくこの時期に種をまいて、なんとなく肥料をまいたり雑草を刈って、なんとなくこのあたりの日程で収穫できたらいいなぁ…と言う、ふんわりした感じで、具体的な計画など立てていなかった。

そんないい加減なものだったから作業を忘れてしまうこともあり、雑草は伸びに伸び、追加の肥料をまくタイミングを間違え、収穫の時期を逸してしまうことも多々あった。

その反省から、今回はしっかりとした『営農計画』を立てようと、早めに手帳を購入してみた。

この秋に植えたタマネギやニンニクは畑の中で冬を過ごす。計画通りにいけば春に収穫ができる予定なのだが、その間に追肥の作業をしなければならない。

この追肥の作業のタイミングがよく分からない。それじゃあって言うことで、早速来年の手帳に追肥や収穫、農園の作業スケジュールを書き込んでみた。

書き込みながら、冬を越えて暖かくなった新潟の春の日に思いを馳せる。

明日のことなどわからない。その日その日をなんとなく生きている、行き当たりばったり、人生ノープランだった自分が、こんなふうに野菜作りを通して先のことに思いを馳せるなんて、ちょっとびっくりする。すっかり野菜たちに振り回される日々だ。

新しい手帳に『この日はデート』と書き込みたいけど、残念なことにその予定はない。

(2021.10.08:コラム/遠藤洋次郎)

第45話 イライラしてもしょうがない

9月中旬。陽射しには夏の名残があり、日中の最高気温は30℃近くまで上がるらしい。秋の風が吹き始めていると言っても、体を動かせばすぐに汗が噴き出てくる。

その日私は、タマネギの種の袋を眺めていた。

表には見事に丸々としたタマネギの写真。目指すはこれと同じ色、カタチをしたタマネギ。

そして裏を返すと、タマネギの栽培方法が簡単に説明されている。

9月中旬くらいから苗を育て、11月ぐらいに、芽が伸びたところで畑に植え替える。

なるほど。苗をつくるには今、このタイミングだ。

苗を育てるための小さなポットを用意し、土を入れ、種をまく。

タマネギの種は小さく、ちょっとでも風が吹けばすぐに飛んで行ってしまう。

作業は慎重に、丁寧に。細心の注意を払いながら種をまいていく。

同じ時期にまいたハクサイやチンゲンサイは1週間もたたないうちに芽を出し始める。ポットのところどころに小さな緑色の双葉が見えてくると思わず顔がほころんでしまう。

「うんうん。ちゃんと育っているな」

ところがタマネギは待てど暮らせど芽が出てこない。

今一度、タマネギの種の袋を見てみる。そこには発芽に適した温度が書かれてある。

『発芽の適温は15℃から20℃』

季節は秋とは言っても気温は軽く20℃を超えている。いや25℃を超え夏日となっている。

「種をまくのは9月の中旬。でも、種が芽を出すのに適した温度は15℃から20℃くらい」

???なんか、矛盾していないか?

タマネギは、とりあえず種は9月にまいておいて、気温が適温になると芽を出すって言うことで理解すればよいのだろうか?その辺、専門家の方に聞いてみたい。

そんな『?』を頭に浮かべながら、ジッと育苗ポットを眺めているところに、稲刈り作業をしていた近所の農家さんが声をかけてきた。

「何植えたの?」

「タマネギです」

「ああ、タマネギ。ウチもやってるよ!なかなか芽が出てこないからイライラすんだよね」

正直、芽が出てこないもんだから、少々イラっとしていたのも確かだ。でも、近所の農家さんも「イラっとしている」と聞いて、ちょっと安心した。

きっと効率よく育てる方法もあるんだろうけれども、畑仕事はジッとガマンの時も必要なのだと思う。

イライラしてもしょうがない。

(2021.10.01:コラム/遠藤洋次郎)

第44話 『園芸療法』のおかげ

30代は無理をしていたんだろうな、と思う。

仕事も忙しかったけれども、よく飲みにも出かけていた。家で晩酌することはあまりないのだが、その反動なのか、外で飲むと限界突破してしまう。

体力もあったのだろうけれども、そういう飲み仲間との時間が楽しかった。

仕事内容も変わり、コロナの影響もあってそう頻繁に飲みに行くことはなくなったけれども、飲みの席は楽しい。

あの頃は体も悲鳴を上げていたのだろうと思う。健康診断でも『軽肥満』『高血圧』『血糖値』『腎臓』の項目でよろしくない判定を出していた。

『要生活改善』と言われていたけれども、何をどう改善したらよいものか。健康診断の終わったその足で、濃厚スープが売りのラーメン屋に行くのが常であった。

そして40代。まさかまさかの農業従事者になり、生活サイクルは逆転。日によっては朝の3時4時までほっつき歩いていた私が朝4時に目を覚ます生活。

唐揚げ、フライドポテトをキンキンに冷えたハイボールで流し込み、〆のラーメンは欠かさない、と言った食生活から、朝採ってきたトマトにかぶりつき、ピーマンの炒め物、ナスの味噌汁、そして新潟産のコシヒカリ、食後は緑茶で一息、なんていう食生活に様変わり。

そしてやってきた健康診断の日。

『軽肥満』『高血圧』『血糖値』『腎臓』どの項目も判定は『A』

個人的に一番驚いたのが血圧の値である。

上が140台をたたき出すこともあり、担当の看護師さんから「もう一度測りますね」と言われ2度3度、血圧を測られた。若い看護師さんに手を握られてドキドキしたから血圧が上がったに違いないと、そう信じていたけれども、機械で測っても数値は高いままだった。

それがこの間の健康診断では120を切り、機械で測ったら100を切っていた。

土に触れることでストレスが軽減される『園芸療法』というものがある。『アグリヒーリング』とも言うらしいが、血圧の数値が下がった一因には、畑での土いじりの日々が影響しているんじゃないかと思ってしまう。

いろいろ調べてみると、農作業をするとストレスホルモンが軽減され、幸せホルモンであるオキシトシンの上昇も見られと言うのだ。

さて、今日も野菜作りにいそしみたっぷりと汗をかいた。きっと体の中を幸せホルモンが大放出されているに違いない。

それでは今夜は、唐揚げをつまみにハイボールをいただこうかな。

うん、さらに幸せ~

(2021.09.24:コラム/遠藤洋次郎)

第43話 それってダメ夫!?

夏野菜の収穫が終わると、今度は冬野菜の収穫に向けての準備がスタート。

野菜作りをしていく一連の作業の中で、実はこの準備をしている時間が一番楽しい。

もちろん、できた野菜を手に取って「こんなに採れた!」「大きいのが採れた!」と喜ぶ瞬間も楽しいけれども、なんにも植えられていない土の上に肥料をまいたり、忘我の境地で耕運機を動かしたり、苗床で苗を育ててみたり。そんな作業をしている時間が楽しい。

20キロもある肥料の袋を抱えながら畑を移動するのは大変だけれども、気候も穏やかになったこの時期に、うっすら汗ばむくらいの肉体労働がかえって心地よかったりする。

耕運機をかけているときの、あの『忘我の境地』は日常のモヤモヤを忘れさせてくれる時間。頭の中をカラッポにして、ただただ土と向き合う。余計なことは考えなくていい。日頃のストレスも発散できる。秋風が頬を撫でていくのも心地が良い。

そして苗床に、今はハクサイとタマネギなどの苗を育てている。

育苗トレイに土を入れ、トレイの中に一粒ずつ種を入れていく。早いものだと4日後くらいには芽を出してきて、

「お!芽が出てきた!あ、こっちの穴からも芽が出て来てる!」

と、ちょっとした感動を覚えながら水をやる。小さな芽はなんとも可愛らしくて癒される。

畑の準備が整い、マルチがけをして様々な野菜の種をまいていく。そして苗床で育った苗も畑に植え替えていく。

さぁ、これで冬野菜の準備は終了。ダイコンやハクサイは11月くらいに取れるかな?タマネギやニンニクはひと冬こえて、来年の春になったら美味しくできているかな?そう思うとどうしたわけか、楽しいと思っていた気持ちが急にしぼんでいく。いわゆる『仕込み』の作業が終わると、そこで気持ちが萎えてしまうのだ。

あとは、伸びてくる雑草を刈っていかなきゃならない。葉っぱに着く虫の対策もしっかりとしなければならない。様子を見ながら肥料も追加していかなきゃならない。天気予報を見ながら、晴れの日は水をまきにいかなきゃならない。

農家さんの大変なことは、実は種をまいてからの日々なのだ。

先日、「種をまくまでは楽しいんだけど、そこから先はどうもやる気にならない」

と妻に言ったら、

「それって、やることだけやって、子どもができたら育児放棄するダメ夫と一緒だね」

と言われた。

はい。ごもっとも。子どもも野菜も、大事に育てていくことにします。

(2021.09.17:コラム/遠藤洋次郎)

第42話 地獄の軽自動車

秋の風が吹きはじめ、農作業をするにも絶好のシーズンが到来!

9月のこの時期、ハクサイやダイコンと言った冬野菜の種まきと、来年の収穫を見すえてタマネギなど植えてく。

夏野菜の片づけを終え、耕した畑を眺め、またこの畑がいろいろな野菜たちでにぎわうことを思い描きながら「この場所にダイコンを植え、ここにはカブ、隣にハクサイ。こっちはマルチをかけてタマネギの苗を植えていこう」などと計画を立てる。

さて、その準備と言うことで、必要な種や苗、資材を購入しに近所のホームセンターまで、相棒の軽自動車を走らせた。

もう5年ほど乗っている軽自動車は、サラリーマン時代に通勤用として購入したもので、営業マン時代にはこの車に乗って新潟県内をあちこち走り回り、東京に行くときなんかも、この車で高速道路を走った。

もちろん今も生活の足として活躍している。ただ、畑仕事を始めてから、泥だらけの長靴のまま運転をしたり、使い古した軍手だの、土のこびりついた鍬だのも入っていて、すっかり農耕用の車と化してしまった。

さて、今回のお買い物は、畑にまく肥料の「鶏糞」そして昨年大好評だったニンニクの種。

鶏糞は後ろのトランクに……と思ったら、じょうろや剪定ばさみなど、なにやらいっぱい入っていたので仕方なくうしろのシートに。

ニンニクは助手席に置いて、「さて」と車に乗り込むと……車内は地獄であった。

密閉された袋からも漏れ出てきているのであろう。発酵した鶏糞のツンと刺すような臭いがあっという間に車内に充満したかと思うと、助手席にいるニンニクからもあの独特の臭いが広がってくる。

まだ暑い日だったのでエアコンをつけると、送風口からは生温かな空気が入り込み、鶏糞とニンニクの混ざり合った、なんとも言えない、むせかえるような臭いが一気に車内に拡散されていった。

慌てて窓を開けたが、改善の見込みはない。刺激臭に耐えながら、鶏糞とニンニクを物置小屋にしているビニールハウスに運びんでいく。

合計60キロの鶏糞とニンニクをハウスの中に運び終え、車内の換気と窓を全開にしたまま外で一服。さて、そろそろ臭いは薄まっているかと再び車に乗り込むも、消えていない!

いつの日か、助手席にステキな女性を乗せて、海岸線をドライブすることを夢見ている。

私のセレクトしたミュージックをかけロマンティックな気分に浸りながらハンドルを握る。

うん。この車じゃ無理だ。誰もこの車に乗せることはできない。

(2021.09.10:コラム/遠藤洋次郎)

第41話 この夏の悲しい出来事

夏野菜の収穫が落ち着いてきて、片付けとともに秋植え野菜の準備。

気持ちを切り替えて準備をと耕運機を動かしていくのだが……。

そう。気持ちの切り替えが必要なのである。

無心になって耕運機を動かしていると、ふと、「今年の夏野菜の失敗」が頭をかすめていく。

もちろん、天気のせいもあったと思う。

ここ最近の夏の暑さは酷暑と呼ぶにふさわしく、日中、炎天下での作業は決死の覚悟でのぞまなくてはならない(だから日中は作業しない)

また、降る雨も集中豪雨となって畝を水浸しにしてしまう。農作物が心配で雨の降る中、決死の覚悟で畑の様子を見に行く人もいる(危ないから私は行かない)

でも、天気のせいは半分言い訳で、もっとちゃんと面倒を見ていればと自責の念にかられるのだ。

カタチのきれいな大玉のトマトもいくつか採れたけれども、トマトのお尻のところが腐ってしまう『尻腐れ』を起こしてしまったものもいくつかあったし、畝に水がたまり、水分が多すぎて実が割れてしまうものもあった。

オクラも肥料が少なかったのか、生育が遅く、実の付きも悪かった。

「水の管理をちゃんとしておけばよかった。様子を見ながら肥料ももっとまけばよかった。」

そして、私が愛してやまないエダマメ。

「エダマメんしか勝たん」とか言って喜んでいたけれども、今年、もうまもなく収穫という時期に、いくつかのエダマメが畑を徘徊する動物に食い荒らされてしまった。

どうもエダマメの実の付き方がおかしいと、株の根元をのぞいてみると、さやがいくつも散らばっている。丁寧に豆の部分だけをほじくりだし、さやだけを残して食べ散らかした跡が畝のあちこちにあったのだ。

ネズミか?イタチか?それとも最近目撃情報のあったハクビシンか?

とにかく、一番おいしい時期を狙って、私のいない間にエダマメパーティを開いていたのだ。

美味しかっただろう、楽しかっただろう。でも……悔しい!

期待に胸を膨らませていたエダマメパーティへの思いはついえてしまった。

動物の被害に遭ったのはエダマメを育てはじめて初めてのことだった。想定外の出来事に、ただただ茫然とするしかない。

耕運機を動かしながら一人思い出しては、怒りの感情が湧いてくる。

「もっとしっかりとエダマメのことを見守っていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに」

そう思うと、悔しさに涙があふれてくる。

(2021.09.03:コラム/遠藤洋次郎)

第40話 八月の朝の風景

朝は日の出とともに動き出す。

夏のこの時期、午前7時を過ぎると暑さで体がまいってしまう。びっしりと汗をかき、着ているシャツもパンツも長靴の中の靴下もびっしょり濡れている。

トマトやピーマン、ナスやオクラなど、実ったものは朝のうちに収穫。

でも一番の作業は草刈り。ちょっと目を離したすきに雑草が伸びている。刈ったそばからまた伸びているような、そんな錯覚を覚えるほどの勢いで雑草が伸びてくる。

除草剤を使えば一網打尽なのだが、周りに実をつけた野菜たちがあるので、除草剤も使えない。腰をかがめながら枝切りばさみを使ってチョキチョキと雑草を刈っていく。

この中腰の姿勢が腰に良くない。

ときどき伸びをして背筋を伸ばすのだが、そのたびに腰に鈍い痛みが走る。

そこに加えて、大量の汗。息も上がる。

さらに加えて、クモの巣があちらこちらに。クモは畑にいる虫たちを捕食するので無下に扱うこともできない。もちろん、私もクモの巣に引っかかる。足元の雑草に目を奪われていると、頭上のクモの巣に気づかず、頭に首筋に手に、クモの巣がまとわりついて危うく捕食されそうになる。

畑にはさまざまなクモがいる。大きな巣を作るもの、網を張らない地を這うクモもいる。

アオムシは大丈夫だけれども、どうもこのクモの姿かたちは見るとゾッとする。でも益虫なのであまり邪魔をしないように慎重に畝の間を歩くようにしている。

朝日を仰ぎながらの畑仕事は、なんだか体中にエネルギーが満ちていくような感じがする。陽の光が体に染みこんでくるような感じがして、体が目覚めてくる感じがするのだ。

でも、これも朝6時を過ぎると太陽光線は強くなり、陽の光が痛くなる。直射日光がジリジリと肌を刺すようで、陽に当たっているだけでも疲れを感じる。

汗をふきふき、時折水を飲みながら、雑草刈りを続けていく。

トマトが赤く色づいてきたり、ナスやピーマンが大きくなっていたりしているの一つ一つ眺めながら水やりをする。昨日の朝と比べてみても赤みが増しているもの、ふくらみが大きくなっているものが増えているのがうれしい。

「このトマトは今週食べごろになるな。こっちのナスはあと1日待ってみようか…」

そんなことを思いながら、トマトやナスの房を触ってみると、大きくなった実の重みが掌に伝わってくる。

これが私の、8月の朝の畑の風景です。

(2021.08.27:コラム/遠藤洋次郎)

第39話 エダマメしか勝たん

ついにこの季節がやってまいりました!

そうです。エダマメの収穫です。

5月初旬に植えたエダマメ第1弾の『湯あがり娘』。青々とした葉を茂らせ、その葉っぱの下をのぞいて見ると…いましたいましたかわいい娘たち。

さやのふくらみも十分。なんともかわいい娘たちが仲良く並んで実っていました。

そっと手を伸ばしてみると、エダマメの産毛が指先をくすぐる。ふっくらとした豆のふくらみを感じ、「うんうん、大きくなった」と思わず微笑んでしまう。

しっかりと根を張ったエダマメの株、一本一本を抜いていくと、むわっとした夏の空気の中にもエダマメの甘い香りが広がっていきます。

エダマメは『畔豆』とも言われ、田んぼの畔に植え、あぜ道を補強するために育てられていました。新潟も米どころゆえに、エダマメの栽培が盛んなんでしょうね。

さて、抜き取った株から枝豆のさやを一つ一つもぎ取っていくのですが、これがなかなか大変な作業。

一畝分のエダマメ数十本の株から、さやをもぎ取っていくのに一人でやっておよそ4時間。途中休憩もはさみましたが、朝から始めたつもりが、気がつけば真夏の太陽は頭の上に。びっしりと汗をかきながらの作業。なるほどエダマメ農家さんの朝が早いのもうなずけます。

一つ一つのさやを、本当はハサミで切り取ったほうがいいと、ものの本には書いてありましたが、めんどくさいので手でもいでいきます。

するとまた、エダマメの甘い香りがふわっと鼻をくすぐって、指先にもほんのりとエダマメの香りが。採れたてのエダマメをさっそく塩ゆでしていただきました!

ざるいっぱいにエダマメを茹でたのですが、一粒つまむともう止まらない。完全にエダマメを食べるマシーンと化した私は、一言もしゃべらずただ黙々と食べ続けていましたが…あんなに時間をかけてもいだのに、ざるいっぱいのエダマメは秒で完食。

『まだ残ってるのも茹でてしまおうか…いやこれ以上食べたらさすがに食べすぎか?明日の分もとっておいた方がいい…でも、取れたてのエダマメを食べるのが、育てた者の醍醐味じゃないか?』

そんな葛藤を繰り返しながら、この日はぐっと我慢。しからば次のエダマメタイムに向けての準備をしようと言うことで、ちょっと高めのビールを冷やし、お気に入りのビールジョッキを冷凍庫に。ガッツリ汗をかいた後ひとっ風呂浴びてからいただこう!と至福の時間を夢見てまた畑へ出かけていきました。

いやぁ、本当に、この時期はエダマメしか勝たん。エダマメしか勝たんのじゃ!

(2021.08.20:コラム/遠藤洋次郎)

第38話 サイコーの一杯

仕事終わりのビールは格別なものがある。

がんばった自分へのご褒美。はじける泡とあの苦みが一日の疲れを吹き飛ばしてくれる。

「く~この一杯。サイコーだね!この一杯のために生きているようなもんだ」

グビグビと喉を鳴らしながら流し込んでいくあの黄金の液体は、なんとも言えない爽快感をもたらしてくれる。特に暑い夏は、キンキンに冷えた生ビールがたまらない。そこにエダマメが並んでいれば何も文句はない。最高の至福の時間である。

暑い暑い夏。農家の皆さんは朝早く涼しい時間から活動をはじめる。

かく言う私も、この時期は早起きになる。日が高くなるに連れて、気温も上がり、熱中症の危険も高まる。

陽に当たっているだけでも疲れがたまる。8時、9時くらいまで外仕事をしているともう汗ぐっしょりで、着ているシャツは肌にへばりついてきて、なんとも気持ち悪い。

午前中で作業をきりあげ、うちに帰ってシャワーを浴び、着替える。

午後にこれと言った予定がなければ、ビールを飲んでそのまま昼寝へと流れていきたい。

そう言えば一度、近所の農家仲間と「畑仕事を早めに切り上げて、近所のスーパー銭湯に行って汗流してビールを飲もう!」という話になった。

汗を流して露天風呂に浸かり、風呂上がりに飲んだジョッキ一杯の生ビール。そのまま銭湯の休憩室でごろ寝。ほどよい酔いと疲れが、ごろりと横になった畳に吸い込まれていくような感覚があり、本当に最高の時間だった。

とは言っても、昼から酒を飲むというわけにもいかない。午後にも何かしらの用事が入っているし、人と会ったりするのに酒を入れていくわけにもいかない。

う~ん。でもやっぱり、あの『爽快感』を味わいたい!

農作業をするようになってから、炭酸飲料の消費が増えた。

コーラやサイダーなどの甘い炭酸飲料も好きだけれども、最近だと味のないただの炭酸水もペットボトルで飲めるようになったので、それらを好んで飲むようにしている。

ビールの代わりに…とまではいかないけれども、汗をかいた後に飲む炭酸飲料も格別にうまい。炭酸のはじける泡の刺激が胃の腑にしみわたっていく。

キンキンに冷えた炭酸飲料を喉の奥に流し込み、真夏の太陽、青い空、高い高い入道雲に向かって僕は叫ぶ。

「く~この一杯。サイコーだね!この一杯のために生きているようなもん(げっぷ)」

(2021.07.16:コラム/遠藤洋次郎)

第37話 おぞましい蝶屋敷

耕作放棄地を何とかしようとはじめた、イロドリ畑プロジェクト。サツマイモをたくさん植えたけれども、この時期、雑草もすくすくと生長している。

サツマイモの蔓がしっかり伸びるように、雑草を刈って蔓の道を整えたつもりだけど、長雨の季節。きっとまた驚くほどの雑草がのびるに違いない。

雑草を刈っていると、いろいろな生き物が飛び出してくる。

ついこの間までオタマジャクシだったであろう小さなカエルたちがぴょこぴょこ。

小さなクモが素早く畑を横切っていく。

そして、カマキリやバッタの赤ちゃんもいる。

カマキリやバッタのカタチをしているけれども、まだ小さく、緑の色もつけていない。

そういえば小学生の時、クラスメイトのK君がカマキリの卵を見つけたと言って学校に持ってきて、そのまま道具箱の中でふ化し、教室中にカマキリの赤ちゃんが大量発生した事件があった。

畑にもたくさんのカマキリの赤ちゃんがふ化して、のびのびと暮らしている。

植物にとっても、昆虫にとっても、畑はパラダイスなのだ。

今年、耕作放棄地となっているところにジャガイモも植えてみた。

種芋を買ってきて、植え付け用に半分に切り、やがて芽を出し、青々とした葉っぱを広げていたけれども、急に元気がなくなった。葉っぱは黄色くしおれ、くたびれている。

原因は虫だった。

殺虫剤もまかず、ここ何年も作物を育てていなかった畑は、昆虫たちの住処として最高の環境が整っていたのだ。

その虫たちが、小さなイモを食べ、養分を吸収し、すくすくと生長している、まさにその最中。イモを掘り返してみたら土の中には丸々と太った芋虫もいた。

ひらひらと畑を舞うチョウチョも、食物を荒らす害虫だ。

あおむしの話は以前にこのコラムで紹介したけれども、チョウチョの舞う畑は、すなわち、葉物野菜を食いつぶすチョウチョの幼虫、はらぺこあおむしたちの楽園なのだ。

チョウチョは敵。そんな思いを抱きながら、『鬼滅の刃』を見ていた時、蝶屋敷なるものが出てきた。主人公の炭次郎たちが傷をいやす治療場所であると同時に、機能回復訓練を行う訓練所でもある。そこにたくさんのチョウチョが舞っている。

つまり、ここには腹を空かせたあおむしがいっぱいいる…と想像すると…なんともおぞましい屋敷である。

(2021.07.09:コラム/遠藤洋次郎)